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2の柱 人口流出を止める

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■出生数を増やします!

女性が育休を取得した際のキャリアを守ります。

■健康で長生きできる街を創ります!

健康な高齢者を増やし、世代を超えて融合できる仕組みを作ります。

■若者の働く場を提供します!

若者が働きたいと思える魅力的な企業を増やします。

■U/Iターンを支援します!

魅力を高めて、首都圏から多くの流入を増やします。

NEWS
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人口問題への対応

私は、長岡市を、住んでいる人々の生きる権利が守られる、優しく温かいまちにすることで、好感度の高い、誰もが暮らしたくなるまち(一言で言えば、人々を吸い寄せることのできるまち)にします。 長岡市の人口は、25万6千人(令和6年7月1日現在)で、ここ10年で2万人減少しており、最近では毎月200人の人口が減っています。私は、これから10年の間で、先ずこの人口減少の流れを止めて25万人の人口規模を維持します。更に、人口増加へと反転させていきます。

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出生(赤ちゃん)数を増やす

長岡市の令和4年の出生数は、1,539人で、5年前と比較して2割ほど減少しています。 地方都市が少子化になる一つの課題は、15歳~45歳までの出産可能年齢の女性に如何に地元に留まって貰えるかです。次に、そうした女性の方々にとって、婚姻という人生の選択肢が如何に魅力的なものとなるか、この際、結婚相手が如何に安定した職業についているかが重要となります。更に、結婚をしている夫婦にとっての子育ての負担を如何に軽減し、子育てを楽しいと思ってもらえるかが重要と考えます。 出産可能年齢の女性に地元に留まって貰えるため、女性が、出産の際に職場を離れることとなっても、本人のキャリアに影響の少ない職業の選択を支援します。 例えば、私の家業である税務、会計の仕事では、国内外で多くの女性が、子供を育てながら活躍しており、海外ではそうした女性がトップについています。こうした士業をはじめ資格を有すること、あるいはそうした業種の補助の仕事に就くことは、専門性が磨かれ、社会的な評価も得られ、出産のため、一旦仕事を離れても、本人のキャリアへの負の影響が少なく、比較的ゆとりをもった人生設計も可能となり、また自分の能力を試したい方々や挑戦したい方々は、長岡と首都圏との距離の優位性を活かし、長岡に居ながら、日本全国、世界に対してサービスを提供することもできます。長岡市は、女性が専門家を目指し、安定したキャリアを重ねることを支援します。 結婚相手の職業について、今の新潟では、その女性達の結婚相手となる男性の優良就職先が激変しています。地銀の第四銀行と北越銀行の合併によって、それぞれそれまでおよそ500支店ずつの支店を構えていた銀行の支店が半減してしまいました。。他にも学校の教員も20年前と比べて小学校は約180校減少し、中学校は約20校減っており、先行きの明るい職業ではなくなってきています。人気の有るマスコミ関係も採用状況は厳しくなり、新潟県の一般行政職の大卒採用定員は60人です。  少子化問題の解決にとって重要なことの一つは、長岡市に魅力溢れる職場を創り出す事とです。その際にも首都圏との繋がりを活用した新産業の育成が重要と考えます。 子育ての負担軽減に関しては、地域コミュニティの回復を目指します。子供は地域の宝であり、地域のみんなで育てていきたいと考えています。 地域で定年を迎えた子育て経験の豊富な層に、積極的に地域の子育てに参加頂き、そうした層の方々の社会参加を可能とすると共に、子育て世代が、自分の仕事に集中できる環境を提供します。

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健康で長生きできる社会

シニアお年寄りの皆さまには、健康で長寿を全うできる環境を提供致します。全ての人々が長岡市民でよかった、長岡に住めてよかったと思えるコミュニティ創りを支援します。 現在は高齢化といわれていますが、医療等の技術の発展等により人間の寿命が長くなることの移行期にあり、いずれは安定的な人口構成になると考えます。日本の高齢化率(65歳以上の人口比率)は、今後35%~40%ほどで安定するとの見方もあり、社会の様々な制度の再考が必要です。長岡市は、この将来の新しい人口構成を踏まえた制度設計を他に先駆けて取り組んでいきます。 シニアの方々には、なるべく健康で長生きをして頂くことが重要と考えており、その為の健康な食事の提供、社会参加の機会の提供、移動手段の提供を行います。 食料の供給能力に優れた長岡では、日本人の身体にあった安全な食事の提供が可能です。高齢の方々に健康な食事を提供することで、長期の病気や、認知を防ぐことが可能で、本人たちの豊かなで、健康な老後を実現できます。またそれにより社会的負担も軽減できます。 次に、シニアの方々に社会に混ざり合って頂けるよう、学び、スポーツ、文化芸術活動を行う機会を提供して、、同世代との交流と共に、若い世代とともに活動し、社会に参加頂きたい。若い方々へ知識や経験を伝えて頂き、特にコミュニティによる子育て支援にも積極的に参加頂きたいと考えています。 高齢者の移動手段として、今後は自動運転の導入がカギと考えます。レベル4の実現に積極的に取り組みます。一方で、高齢者の移動の必要を出来るだけ減らすため、身近なコミュニティ・センター等で、定期的な食品を含めた生活必需品が購入でき、遠隔医療の指導を受けられ、体調管理のためのマッサージ等も受けられる、更には学びや文化活動のための施設も充実させます。

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産学共同の一層の推進

長岡市には四大学一高専があり、それらとの一層の連携はもとより、国内外の連携を強化し、長岡市は国際競争力を上げていきます。 幾つかの長岡市の新産業の種を紹介します。 利雪に徹した町づくりの推進、長岡市は降雪量の多いまちです。令和5年では累積降雪量は233㎝ですが、例年では500㎝前後の降雪があります。 雪室は、寒冷期の降雪を保管し、雪冷熱エネルギーを冷熱源として貯蔵し、温暖期の 施設冷房や物品冷蔵保存のエネルギーとする技術です。 雪室では、年間通じて温度をゼロまで下げることが可能で、食料や医薬品の保存に便利です。災害等で電気が止まっても低温を維持できるため、災害対策にも役立ちます。更に、AI活用等によるサーバーの冷却のための電力消費量の一層の増加が見込まれており、自然への負担なく冷却を行う雪室への高い評価が期待されます。 ウクライナ戦争やコロナ禍でのサプライチェーンの見直しなどを考えると希少金属の国内調達が課題となっています。金、銀、銅等の希少金属は、東京オリンピックの金・銀・銅メダル作成の実証実験で使い古した携帯やパソコンなどの基盤から得られることが立証されています。長岡市は鉄路上越線と信越線で関東圏・関西圏と結ばれているので、こうした都市鉱山開発の拠点都市を目指すのに好適地です。 また、鯉の養殖で培われたノウハウを活かして最近成功したウナギの完全養殖や好適環境水を利用した高級魚(ヒラメや鯛等)の養殖業を行って中山間地域で実施し、その活性化を図ってゆくことが可能です。 更に、信濃川流域におけるドローンの利用についても検討の余地があります。信濃川を下っていくと大河津分水にあたり、そこから寺泊のほうに分かれていきます。寺泊港を出て、そこから真っ直ぐ飛ばすと佐渡島へ行き着きます。佐渡から寺泊へ行ってもいいし、魚沼へ行くこともできます。川でつながっているので、信濃川全て輸送路になります。 近い将来、人を乗せるドローンができるはずですので、直接長岡市から佐渡へ行けることが可能になる日がくるかもしれません。人はもちろん物も運べますから、川沿いで物流を発展させる可能性は大いにあります。寺泊から佐渡まで25キロ程度の距離ですから、近くに位置しており、ドローンも飛べない距離ではないです。佐渡の名物、名産品をドローンで運び、人も移動しやすくなる。寺泊から大きな変化が期待できます。 ドローン物流のメリットは、移動時の摩擦がないので迅速に運搬でき、さらに事故による人的被害を最小限に抑えられるところです。長岡には、長岡技術科学大学や長岡高専がありますから、ロボット開発に明るい人材育成には十分な受け皿になります。長岡高専はロボットコンテスト2023でも優勝し、大変に優秀な生徒が多く、10年後、20年後に勉強し経験を積まれた方が長岡で戻ってきて、長岡の発展の担い手になってくれたら、と思います。そこには長岡市の助成ももちろん必要でしょう。教育ほど強い投資はありません。 国内で技術科学大学は長岡を含めて2校しかありませんし、高専も限られています。全国から学生は入学してきますし、そこから最先端の知識と技術が生まれてくることを考えると大変貴重と考えます。 工業だけではなく、芸術面においても長岡には伝統芸能、工芸品と数多くの価値ある文化的な財産を生み出しています。長岡には市立の長岡造形大があり、花火大会のデザインを手掛けているのですが、街並みや特産物のデザインなどにも携わって頂き、次世代の方々に繋いでいってもらいたいと思います。学からの支援はまだまだ必要な部分もたくさんあります。雪深い土地で育まれたさまざまな伝統文化や技術を受け継ぐ担い手を輩出するためにも、学からの支援により一層力をこめていかなければならないと考えます。 こういった取り組みを通じて、魅力溢れる職場づくりに長岡市として全力で取り組みます。

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市外から長岡への転入増

令和4年の、県内からの長岡市への転入者は3,055人、県外から長岡市への転入者は3,378人、一方で、長岡市から県内への転出者は2,779人、長岡市から県外への転出者は4,073人となっています。20~24歳の県外への転出者は1,317人と、毎年、多くの若者が就職等のため、長岡市から県外へ転出しています。 長岡市の減少を止めるためには、若者が県外に出なくても、長岡市内で、自分の能力が十分に発揮でき、成長が実感できる仕事を創出すること、また、子育て世代や、これから定年を迎える世代のUターン、Iターン先として長岡市を選んで頂くことと考えます。 若者の働く場については、次の第二の柱で説明します。 子育て世代のUターン、Iターンについて、農業が武器である長岡市の特色を活かし、安全で子供の成長によい給食を提供すると共に、第三の柱で説明する特色ある教育、課外活動等を提供し、かつ、第四の柱で説明する生活費の低減により、子育て世代のUターン、Iターンを促進します。特に、長岡市内でも子供の減少の著しい地域へのUターン、Iターンについては、空き家を市で補修して、移住してくださる子育て世代へ無償で提供します。 これから定年を迎える世代に対しては、定年後のセカンドライフでの収入源の提供、コミュニティ参加、高齢者となったときの施設等の状況を、積極的に広報・宣伝し、長岡市では、健康で豊かな長生きができることを伝えていきます。長岡市は首都圏他へのアクセスに優れ、長岡市に住みながら都会に居た際の様々な余暇が、容易に楽しめることも伝えていきます。 この世代が戻ってくることで、彼らの持つビジネス等の経験・知識、パイプを長岡市内の産業が活用できると共に、人手不足の解決手段となると考えます。 また、若者、子育て世代、定年世代が、長岡市に来ることにより、首都圏の人口集中が緩和され、更に、子供を産んだり、育てたりが難しい合計特殊出生率が一をきる都会から1.2を超える新潟県への人口の流入で、結果的に長岡市の人口の減少を抑えると共に、日本全体の人口問題の対応に貢献でき、バランスの取れた日本の発展に貢献できるものと考えます。 長岡から他の街へ移り住んだ人が帰りたいと思った時に戻りやすいよう体制を整えることに力を注ぎます。少なくとも今、長岡で育った子供たちは学校を卒業すると皆さん県外へ出ます。私はむしろ若いうちは東京に行ってもいいし、海外に行ってもいいと思います。外の世界でたくさんの経験を積んで成長して欲しいです。 むしろ私たちは、自分の夢や目標を持った若者を応援しなければなりません。とことん挑戦し、経験し、多くの出会いを重ね、自分のやりたいことを実現すべきでしょう。 挑戦する人も支援していくべきだと思います。一方で、外に出たけどうまくいかなかった方も大勢いらっしゃる。その時、故郷にいつでも戻ってきて、何度でも次の挑戦への応援を惜しまないまちにします。 若者だけではなく、これから定年退職を迎える世代も、セカンドライフとして再就職先を見つけられるように支援すべきです。これは市内外問わずに挑戦する人を応援することが重要です。たとえば、退職後に農業を始める方は結構いらっしゃいます。農家の方に指導してもらいながら、首都圏の退職者に戻ってきて頂き農業を行って頂くのも一案です。田んぼが多いので環境は十分に整っています。

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長岡市の課題

田中角栄は「日本列島改造計画」に何を思っていたのでしょうか。田中角栄が政治家として手腕を振るっていた時代は、駅や道路、学校などの施設を国や市町村などの公共団体が主導になって作り、ハード面を整えてきました。 当時は戦後の混乱がようやく落ち着き、国民の暮らしにゆとりが出た頃でした。国民所得と国民総生産は格段に上がり、洗濯機やテレビが家の中に置かれ、自家用車を購入する家庭が増え、人々は家族と過ごす時間に豊かさを求めるようになります。 一方、住環境は快適とは言い難い状態でした。車社会の発達による事故の倍増、公害が問題視され、住宅街に大型トラックが通るような道路事情と流通経路を改善する必要性に迫られていました。 大都市の東京と大阪でも道路が足りず、渋滞で排気ガスが充満した中での暮らしを余儀なくされます。地方は戦前と変わらぬ状態であり、山や海で集落ごとの移動は困難を極め整備されていない道を子ども達が命懸けで学校に通う日々が続いていました。 戦後約20年、貿易収支は黒字続きで好景気が続き、社会保障は欧州並みに制度化されましたが、家族が安心して暮らせる状態には未発達な部分が多かったのです。 田中角栄はじめ当時の政治家たちは「生命を保持していくためには、生活環境を良くしていかなければならない」と、社会環境を徹底的に整備することに注力しました。都市と都市を道路や線路で結び、人や物を移動しやすくし、公共施設や商業施設が敷設されると、人々は快適な生活を夢見てその街に集まってくるようになりました。巨大で美しい建築物は、豊かな時代の象徴であり、戦後を乗り越えた人々の再起を証明した証であったのです。 しかし、現代では「箱」があるから人集まるわけではありません。 都市部ソフトな部分に魅力や安心感を持たせることで人は集まってくれます。人々が求めているものを手助けすることこそ、現代の行政のあり方ではないでしょうか。 人が住むために必要な仕事や教育の場を充実させていく。安心感があるところに人は留まります。人が集まってきたらスーパーなどの商業施設が必要になります。その時建設しやすいように行政は規制緩和をする、あるいは、地権者と交渉し、土地をまとめて売買できるように進めていくべきです。 生活に必要なものは、その土地で暮らしていなければ見えてこないことは多いです。どんな人と暮らし、どんな仕事をし、家族がどんな表情になっていくのか。人が集まることによって新たに生まれてくる価値観もあります。 企業誘致にしても、反対する方は必ずいらっしゃいます。一部の経営者にしてみれば賃金が上がってしまうという考えがあるでしょうが、これまで市外へ働き場所を求めてきた若者が留まり、また遠隔地にあった世界と戦う売り先が身近にくることで生産・流通含め長岡市内でできるようになります。むしろ効率は良くなり、利益も出て賃金の問題は払拭されるでしょう。産業が市内で回っていれば、賃金が上がり、職が安定すれば、人の流出も防ぐことができますし、外からも移住してこられる方が増えることになります。人を引き寄せる力が増します。

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